[1996年8月31日 更新]

ファジィ測度

「ファジィ技術の新しい展開―ソフトコンピューティング」: 財団法人 日本情報処理開発協会,AI・ファジィ振興センター (1994) pp. 12 - 13. より.


 ファジィ測度とファジィ積分は,1972 年に東京工業大学の菅野道夫氏によ って提案された数学的概念です.これらは,1+1 が 2 にならないような現象 を扱う道具と言えます.1+1 が 2 にならないような現象とは,例えば,陽平 くんも郁生くんも 1 人では 1 時間に 1 単位の仕事しかできなくても,2 人で 一緒に働くと 1 時間に 3 単位の仕事が出来るというようなことです.

 このことは,ファジィ測度 μ を使うと,

μ({陽平})=1,μ({郁生})=1,
μ({陽平,郁生})=3
と記述できます.ファジィ測度は{陽平},{陽平,郁生}などの集合に数値 を対応させる関数なのです.

 従来の数学にも,集合に数値を対応させる測度という関数がありましたが, これは 1+1 が 2 になる現象しか扱えませんでした. 測度 m では,AB=∅ のとき

m(AB) = m(A)+m(B)
という式が成り立たなければならなかったのです(加法性). しかし,ファジィ測度 μ では,AB=∅ のとき,
μ(AB) > μ(A)+μ(B),
μ(AB) < μ(A)+μ(B),
μ(AB) = μ(A)+μ(B)
のうちのどれが成り立ってもよいのです(非加法性).

 最初の式は AB の間に相乗作用または補完性があることと解釈できます. 2 番目の式は AB の間に相殺作用または代替性があることと解釈でき, 3 番目の式は AB の間には相互作用がないこと, または互いに独立であることと解 釈できます.

 これまでの科学や工学では,長さや質量などの, 広がりに規定される物理的な量をおもに扱っていたので, 測度という加法的な道具だけで十分でしたが, 人間の行動や判断というあいまいな現象を扱おうとすると, ファジィ測度という非加法的な道具が必要になって来ます.

 判断の例として, 紅茶 (t), コーヒー (c), 砂糖 (s) とそれらの組合せの主観的価値を ファジィ測度 μ で測ってみましょう. 紅茶でもコーヒーでもよいから, どちらかを飲みたいとします. 何もないことの価値はゼロですから μ(∅)=0 です. 何もないときに 紅茶をもらったときの嬉しさ は, 価値の増分 μ({t})−μ(∅) で測られます. 同様に, コーヒーだけしかないときに 紅茶をもらったときの嬉しさは μ({c, t})−μ({c}) です. これらを比べると, 前者の嬉しさの方が大きい  ― どちらかが飲めればよいので後者はそれほど嬉しくない ― ので,

μ({t})−μ(∅) > μ({c, t})−μ({c})
となり,
μ({c, t}) < μ({c})+μ({t})
となります. コーヒーと紅茶は代替的なのです. 一方,コーヒーと砂糖については,
μ({c, s})−μ({c}) > μ({s})−μ(∅),
すなわち
μ({c, s}) > μ({c})+μ({s})
となることもわかるでしょう. コーヒーと砂糖は 補完的なのです.

 ファジィ積分は,ファジィ測度によって単位当り量や重要度などが与えられて いるときに,量や価値を総合化するのに使います.陽平くんと郁生くんの例で は,二人が何時間か働いたときの総仕事が求められます.

 ファジィ測度とファジィ積分は,加法的でない価値判断(評価)を 記述できるので,主観的評価の分析や支援に応用されています.評価分析への 応用には,核エネルギー使用に対する意識構造やカラー印刷画像評価の分析な どがあります.また,評価支援に関する研究には,非加法的重要度を用いた, AHP(階層化意思決定法)などがあり,具体的な応用には,テレビ番組総合 評価システム,工業製品のデザイン評価などがあります.

 ファジィ測度は,この他にもデータベースやエキスパートシステムにおける不 確実な知識の表現や不確実推論に利用されています.

(室伏 俊明)


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